(1921年1月16日 - 2012年8月3日)

和歌山県出身。台湾生まれ。台北高等学校(昭和16年度卒業)。

邱の追憶によれば、邱は高校の図書館で、『オデュッセイア』、『ダンテの神曲』から始まって
片っ端から世界文学全集を読んだが、自分と同じように、
図書館が閉まるまで読んでいたのが何年か先輩の上山春平であった。

「台北高校時代から哲学や宗教に興味を持ち、京都大学哲学科に進学。昭和18年徴集され海軍に入隊。人間魚雷「回天」の特攻隊に配属される。米軍機の攻撃を受け、九死に一生を得て終戦を迎えた。この戦争体験から「国家とは何か」が生涯の研究テーマとなる。高校教師を経て京大人文科学研究所の教授になり、梅原猛や梅棹忠夫など新京都学派を中心とした人たちと専門分野を超えた共同研究で大きな成果を上げた。日本文化の底流として『照葉樹林文化論』を提唱。西洋の概念によらない国家論の構築を目指した。日本文明の特殊性を論じ」(出典:NHK『人物録ー上山春平』)た。「天皇制が生まれた背景とその後の国家のあり方を論じた『埋もれた巨像』や『空海』などの数多くの著書を発表。様々な領域で挑戦的な問題提起を行い、平成6年に文化功労者の表彰を受けた。」(同上)


(参考:NHK『人物録ー上山春平』。邱永漢書『鮮度のある人生』)