(1924年1月30日 – 1985年9月9日)

1924年、台湾台南市に生まれる。
1940年、台南一中4年から台北高等学校文科甲類に合格。
     邱の同級生となる。
1943年、東京帝国大学文学部支那哲文科に入学するが、一年後、疎開のため帰台。

台南一中で中学教師になり、邱の弟らを指導。方々台湾語による演劇活動を行う。
しかし、2.28事件(1947年2月28日)で
兄の王育霖が殺され、演劇活動による国民党政治を批判してきたことへの弾圧の危険を感じ、台湾を脱出し、香港に亡命中の邱を訪ねる。
邱の手配した船で、日本に密航し、再度、東大文学部で学ぶ。
台湾から妻子を招くが、日本の裁判所から、帰台を求められる。
折から、香港から日本に出張していた邱が、小説『密入国者の手記』を執筆。
邱はこの小説を「大衆小説」に掲載してもらい、王が異議申の裁判の際、資料として提出する。
結果、王家族の日本での滞在が認めらる。
以降、王は引き続き、東大文学部で、中国文学を研究。のち、明治大学教授として活動する一方、台湾独立運動をに尽力。2018年9月9日の命日、出身地である台湾南部の台南市に王育徳記念館が完成し開館する。

(参考)邱永漢著『わが青春の台湾 わが青春の香港』。
    王育徳著,近藤明編集協力『「昭和」を生きた台湾青年』。